栄養管理と検査のつながりを語るには、医学とはどんな学問であるかを述べる必要がある。
 医学は自然科学の一分野であると思っている人がいるかも知れない。 しかし、医学は解剖学や生理学、生化学、衛生学といった基礎医学に内科学や外科学、耳鼻咽喉科学などが合わさった集合体的学問である。 しかも、その目的はHomo Sapiensという極めて特殊な種の健康の増進に限られている。そのため、医学は自然科学の必須条件である普遍性をしはしば欠くことになる。
 もとより医学は、経験を重視する学問であった。 EBM全盛の感がある昨今であるが、理屈はどうであれ結果が良ければそれでよしとして治療法を選択するのがEBMである。 そこには、自然科学の香りすらない。
 一方、ヒトの体内で営まれる代謝のほとんどは、生化学によって解明されている。 生化学は、医学を構成する学問の中で生粋の自然科学と呼べる数少ないものである。 栄養学は、その生化学を基礎に成り立っているのである。
 臨床検査の主な役割の一つは、血液生化学検査データの提供である。 血液生化学検査データには、体内で生じている生理的あるいは病的な現象が反映される。 生化学を基礎に成り立っている栄養管理において、血液生化学検査のデータが極めて重要な情報であることは論を待たない。 また、過不足のない、時宜を得た検査の施行は熟練の為せる技であるといっても過言ではない。
 内蔵蛋白の合成速度を評価するものとして、rapid turnover protein(RTP)値がある。 RTPとしてトランスサイレチン(TTR)やレチノール結合蛋白が一般に用いられているが、この検査を適切に施行する意義は大変大きい。 様々な臨床栄養学的な試みが行われているなか、その効果を評価する際にTTR値がタイミング良く測定されていれば、質の高い栄養管理の効果判定が可能となる。
 低栄養患者に対する栄養管理では、refeeding症候群の発症予防の観点から血清リン値やマグネシウム値、カリウム値の測定が重要である。 また、そのリスクの高低によって測定の間隔を適切に設定する必要がある。 血液透析を受けている症例が静脈栄養を施行された場合にも、輸液の組成によっては血清リン値が低下する恐れがある。 血清リン値が基準値の下限の半分以下に低下すると、低リン血症を発症する恐れがある。 低リン血症は死に至ることもある重篤な病態なので、適切な血液生化学検査の施行は極めて大切である。
 肝炎や肝の阻血で肝が傷害された場合、肝の再生を促す栄養療法を施行する必要がある。 その際にも、栄養投与のタイミングや投与栄養量の増減は血液生化学検査データに基づいて行われる。 肝細胞の破壊、壊死が進行中である時期に十分量の栄養を投与しても、肝再生が進行しないため高アミノ酸血症や高トリグリセリド血症を招くことになる。 血清ビリルビン値が上昇を続けている間は脂肪乳剤の静脈内投与は控え、アミノ酸の投与量も通常より減量する。 一方、肝障害が高度である間は肝臓における糖新生が障害されるため、低血糖には十分な注意が必要である。 なお、肝臓に次いで重要な糖新生の場は腎臓である。そのため、肝臓と腎臓の双方が高度に障害されている状態では、低血糖への一層の注意が要求される。
 臨床検査技師が実際に症例をみて適切な検査の施行を提案するためには、医師とのディスカッションに耐える医学的知識が必要である。 栄養管理を必要とする疾患の診断と治療について概ねを理解していなければならない。 また、治療中に起こりうる合併症についても同様である。医師は、自分と同じ気持ちで患者をみてくれるスタッフを望んでいるのである。
 ディスカッションで使用される専門用語、略語の理解も大切である。 医師は、レベルを下げずに会話できるメディカルスタッフを望んでいる。 このように述べると、途方もなく困難な道のように思われるかも知れないが、実はさほどではない。 NST回診で実際に患者に接し、その疾患について勉強することが一番の方法である。 また、一回で多くを覚えられるはずもない。同様の疾患の患者を繰り返し受け持つうちに、その疾患の概要が理解できるようになる。 何より、実際に患者をみることが大切なのである。
 体内における栄養素の代謝は、生化学の教科書に記されているとおりに進行する。 抗腫瘍薬が効かないがんはあっても、グルコースを燃やさない脳は存在しないのである。 生化学の研究によって積み上げられた栄養素代謝に関する知見については、その概ねを理解する必要がある。 その基礎知識があってこそ、的確な検査施行スケジュールの提案が可能になるのである。
 臨床の現場で医師は疾患の治療にほぼ専念している。 そのため患者の栄養状態に関心が向けられず、病気の治癒と引き換えに稀ならず著明な身体機能の低下がもたらされる。 臨床検査技師には是非、栄養状態の的確な評価に加わっていただきたい。 また、栄養管理のかじ取りにも臨床検査技師が参加しなくてはならない。さらに、適切な臨床検査の施行の積み重ねを学会発表や論文作成に結び付けるのも、臨床検査技師の役割であろう。

講師
大村健二(おおむら けんじ)

講演要旨

略歴

1980年3月 金沢大学医学部卒業
1980年4月 金沢大学第一外科に入局,消化器外科を専攻
1985年3月 金沢大学大学院医学系研究科卒業
1987年5月 金沢大学医学部附属病院第一外科助手
1992年4月 金沢大学医学部附属病院第一外科講師
1998年11月 文部省在外研究員として南カリフォルニア大学へ派遣
2002年9月 改組により金沢大学医学部附属病院心肺・総合外科講師
2006年7月 内分泌・総合外科科長 医学部附属病院臨床教授
2008年11月 厚生連高岡病院 外科診療部長
2010年4月 山中温泉医療センター センター長
2013年2月 第28回 日本静脈経腸栄養学会 学術集会 会長
2013年4月 上尾中央総合病院 外科顧問 腫瘍内科顧問 栄養サポー
     トセンターセンター長 現在に至る

栄養管理と検査のつながり
~専門医が語る栄養管理のイ・ロ・ハ~

講演名

公益社団法人 埼玉県臨床検査技師会

第43回埼玉県医学検査学会

学会長挨拶
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